17歳、夏、向日葵、青春パンク

高校二年の時、好きな女の子が居た。
向日葵のようなどこまでも明るく突き抜けた笑顔、浅黒く焼けた肌、分け隔てなく誰にでも接する人柄、
彼女の全ては大人になった今でも僕のすぐ傍に在るようで、もう手の届かないところに在るようで。

同じクラスになってから、何も意識しない日々が二か月続いた。
初夏のとある日、無意識に彼女の後姿を目で追っている自分に気が付いた。
「まさかそんな…」と思っていたが、夢の中で二日続けて彼女に出会い
自分の抱いている感情に気が付いた。

17歳の夏、片思い、手が届きそうで届かない微妙な距離感という青春の全てが詰まった時間の真っただ中に私は居た。

しかし17歳という年齢は時に残酷で、彼女を意識し始めて以来声をかける事すら出来なくなってしまった。
たった一歩踏み出せばいいのに、その勇気が湧かない自分が歯がゆくて。
情けなくって。
悔しくって。
気が付いたらギターを片手に、自分でも恥ずかしくなるくらい明るいメロディを歌っていた。

そしてそれを1つの曲にした。
メロディを口ずさんでいた頃から決まっていた、「向日葵」というタイトル。

私の出身の高校では夏休みの終わりに文化祭があった。
バンド演奏をする事が決まっていた私は、出来上がったばかりの「向日葵」をメンバーに聞かせ練習を始めた。
練習中、急に我に返ってこっぱずかしくなる瞬間もあったが、「向日葵」が徐々に形になっていくのは本当に嬉しかった。

そして文化祭当日

一段高いステージの上から彼女を探す。
ステージ前に群がる生徒たちの中に彼女を見つけることは出来なかった。

でもそれでもいいんだ。
少しでも届けば、少しでも伝わってくれれば構わない。
たとえこの場に居なくたって、この曲が人づてにでも彼女に届けば。

「最後の曲です。聞いてください…向日葵!」

ハイハットで勢いよく刻むカウントは、正に抑えきれない私の気持ちそのものだった。

過去の栄光

高校2年生のときに2つ年上の彼がいた。
小学生の頃からサッカーを始めて、地元のプロサッカーチームのユースだったらしい。
中学高校とサッカー漬けの毎日。

高校3年生の春、腰を痛めてしまった。
腰の骨がバキッという音を感じたとき、プロへの道を絶たれた瞬間だったそうだ。
大学はサッカー推薦もなく、進められるがままに地元の大きな大学に入学。

ほどなくして、学校がつまらないので退学し、フリーターに。
そんなとき、アルバイト先にいた私と付き合いを始めた。
一緒にいてもサッカーの話が7割以上。

とにかく「武勇伝」の嵐だ。
自分が高校1年のときに高校サッカー選手権大会で良い所まで進んだのは、ルーキーの自分がいたからだ、とか、最後の年の県大会の話など。
過去の話を聞くたびに反応に困った。

私はそれからサッカー日本代表の試合やJリーグの試合について、スポーツニュースで観るのが嫌になった。
ここに出ている人に「なれなかった」スポーツマン達が、全国に何百万人、いやそれ以上いて、多くは競技に関係ない人生を歩んでいる。
そして、彼のように過去の栄光が忘れられず、「自分はこんなもんじゃない」と言いながらフリーターをしている人もたくさんいるだろう。

有名なスポーツメーカーへの就職を私はたびたび進めた。
スパイクや練習のウエアについて、誰よりも知っているんじゃない?だったら開発部を目指したら?そんなことを高校生だった私はしきりに話していた。

なかなか募集されない求人なのに、「俺はそんな所におさまる男じゃない」という謎の自信。
口だけの彼が嫌気が差し、ついには「もうサッカーできないんだから」と言ってしまい、たいそう悲しませた。
現実はサッカーどころか、普通の仕事にも影響が出るほどの腰の痛みを抱えていた。

リハビリに通うこともなく、「俺はまだまだ」という背中が悲しくて、一年経ったころにお別れをした。
今でも夢を叶えられない大勢のスポーツマンがいて、一握りの、数人のスターたちが活躍していることを考えてしまうと、涙が出そうになる。

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