家計簿

家計簿を付けた方がいい、と言われますが、どんなメリットがあるのでしょうか。
まず、家計簿とは、使ったお金の内訳を買くのではなく、お金をどう使うかという予算を立てるものだと考えます。
結婚した時、子どもが生まれた時、子どもが社会人になり独立した時、定年退職をした時など、年齢によってライフスタイルが変わります。

その中で、車を購入したり、家を新築したりするかもしれません。
子どもが大学に入学する時などにも大きな出費を見込んでおかなければなりません。

月々の支出には様々項目が挙げられます。
社会保険料など給料から天引きされるものもありますし、自動引き落としされる公共料金やカードでの支払いもあります。

食費や衣服費、教育費、衛生費、通信費、交通費、娯楽費などの中で、「必要なもの」を知り「ほしいもの」が何かを予算として盛り込みながら家計簿をつけてみましょう。

「使ったお金を記録する」のではなく、「予算内でおさまっているのかを把握する」ことができ、計画的にお金を使うことができます。
家計簿とは使ったお金を集計すると考えるから、面倒なんですよね。

支出の記録が家計簿の目的ではないのです。
収支を客観的に見て、必要なものを買っているのか、ムダに買ったものは無いのか、そして翌月翌々月の予算に対して現状では対応出来るのか、そういう部分を見なければ意味が無いのです。

お小遣い帳と日記

昔から苦手なものがある。
整理整頓、部屋の片付け。
これらについては、大人になってから多少の折り合いをつけられるようになってきた。
何故なら、この二つは社会に出てから非常に求められるところがあるからだ。

私の居た後は、いろいろなものが出っぱなしになっているようで、それで怒られたことがたくさんある。
それからは、段々世の中というのは片付けないといけないところなんだということを学ぶようになった。
だからまあなんとかギリギリの線で出来るようになった。
でも、いまだかつてちゃんとできたことのないものがある。
それは、お小遣い帳と日記である。
お小遣い帳は、今で言うところの家計簿である。
この二つに関しては、まさに三日坊主。
本当に三日以上続いたためしがない。
お小遣い帳に関しては、どういう訳か、たかがノートであるお小遣い帳そのものに対して取り繕ってしまって、見るのは自分ひとりなのについ虚偽の申告を書いてしまう。
本当は買ったおやつや無駄なものを、記録に残らないように抹消したり。
むろん、残高もあわなくなるので、たった数日でもう使途不明金が出る。
日記は、その日その日で思ったことを書いていくのがなんだか小恥ずかしくなってしまう。
感情的に色々書いている自分に虫唾が走ってすぐにやめた。
自分がこの世からいなくなるときに、もしこんな恥ずかしいものが残ってしまったらと考えると、おちおち成仏もできやしない。
というわけで、いつも始めの数ページだけ申し訳程度に記入したノートが生まれるだけの私のお小遣い帳と日記である。
どうせ日記は無理なのは分かっているが、そろそろお小遣い帳、いや、家計簿だけでも付けたほうがいいなと思っている。
いつまでたっても貯金が貯まらないからである。

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